物語をめぐる物語

自分の思考の整理場です。

無口

2012.04.02 Monday 12:10
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     私はよく無口だとかクールだって言われる事が多いのだけど、
    それは喋るときに言葉の定義をいちいち確認しているから。

    自分が言い放った言葉で
    思いがけない意味が含まれていたりして
    思いがけず誰かが傷ついてしまうのが嫌。

    だから自分の言葉を口に出す時、言葉を自分で検閲する。

    こんなことしてるから、レスポンスが遅れてしまって
    結局冷たい人間だとか、話を聞いていないって思われてしまうのだけれど・・・

    でも速い事がいいことって訳じゃないし。
    これでいいって最近は自分に言い聞かせてる。

    賛同者は無に等しいけれど、
    いつかきっと自分の言葉の回路が出来上がって、
    自分はきちんとあなたの言葉を聞いて、返事をしてるんですよって ことが伝わるようになるはず。とゆうか、それを目指す。


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    物語

    2012.04.02 Monday 00:47
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       ナラティブ・アプローチに興味あり。
      自己を「むかしむかし」で語ることで、トラウマを昇華(消化)することが期待できるみたい。

      実際にやってみると、
      なるほど確かにすっきりする。
      これまで抑圧してきた自分の気持ちに言葉を与えることは落ち着くものだ。

      誰かが指摘した通り、自分の体験を「物語」にしてしまうことには
      「物語」にできなかった部分がこぼれてしまうこと、そして、それを掬いあげる人がいなくなってしまうこととも言える。

      体験者が死んで、後に残るのは言葉だ。
      事実は事実としてではなく、物語として伝わる。

      確かに事実を伝える事は大切かもしれない。
      だけど、体験者が物語にした、それで体験者がそれで心が穏やかになったのならば、
      それ以上部外者は何も求めてはならないのではないか。

      事実とは何だ。
      体験者がうまくそれを言い表す事ができたのならば、それでいいのではないか。

      それが事実とは言えないことでも、
      体験者がそれを事実だと言う事で救われるのならば、
      外野が「それは事実ではない」と野次を飛ばすのは、
      あまりにも見当違いで、暴力的なものではないのか。

      物語が虚構の産物だったとしても、それによって救われる人がいるのならば、それでいいではないか。

      物語がフィクションかそうでないかは、物語の本質には影響がないだろう。


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      「街場の教育論」

      2012.04.01 Sunday 00:15
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         内田樹さんの
        「街場の教育論」を読んだ。

        彼の文章を読んでいると、
        なんだか自分がリベラルになったような気がしてしまうから不思議だ。

        「おもしろいのは良いことだ」というバラエティー番組のような視点で彼の文章を評価するなら
        100点に近い。

        確かにおもしろいのは良いことだ。間違いない。
        しかし、それだけでよいのだろうか。

        内田さんはたぶん、ものすごく知識がある。
        深くて広い知識。

        彼にとってそれをつなげて、レールにして敷いておくってことは簡単なんだろう。
        読者はそれに乗っかるだけだ。

        敷かれたレールはなめらかで、車内から見える風景も格別だ。

        読者は頭を使わないで、そういった様々な風景を見る事ができる。
        自分は旅人なのだという自負を抱いている読者にとってこれ以上の物はない。

        乗客は車内から美しい風景を見て「ああきれいだ」と思うだろう。
        自らが自然に還ったような高揚感を抱くだろう。

        だけど、彼らの中で途中下車して、
        散策をして、草木の研究をする人はいるだろうか。

        乗客は列車の揺れるリズムと車窓からの景色に陶酔する。
        乗車することがそれ以上の価値を持たない事を忘れて。

        おそらくこういう状況に多くの読者が陥っている。

        この事は内田の書籍を読んだ人の感想を読むと納得できるだろう。
        多くのレビュアーが
        「内田の論は読んでいておもしろいから、よく検討すると自分は反対意見なのだけれども、それを忘れて読んでしまう」

        といった旨の文章を書いている。

        そういった状況になることは誰の迷惑にもならない。
        別にその状況を駄目とは言わない。


        しかし、これから教育に携わるであろう私からすると、
        なんだか内田さんの不徹底ぶりが目についてしまう。

        教育問題というのは複雑にもつれた問題で
        この糸を切れば解決するといった類の物ではない

        と彼自身は語っている。
        だからビジョンを提示するだけしておいて、
        具体的な行動は個人に任せるという態度をとっているのだろうけれど、
        私はどうも納得がいかない。

        ビジョンを示すならもっと徹底して広報活動を行って欲しい。
        色んな分野について自分の論を持っていて、様々な啓蒙活動をするのはいいけれど、
        教育問題を真剣に捉えているという態度をもっと示してほしい。

        彼はよく教育問題について言及しているけれど、
        どうにも興味のある分野の中の一つってゆう雰囲気をどうしても感じ取ってしまう。

        結局、内田はブルジョワジー的安泰から抜け出せずにいるんだろう。

        そもそも彼は自分が活動する事を考えていなくて、
        自分の考えに触発された「誰か」の活動を願っているのだとしたら、
        今の私は彼の思うツボなのだけれども・・・

        おじさん、侮りがたし。





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        浄土真宗とキリスト教

        2012.03.20 Tuesday 20:12
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           今日はとーさんの三回忌。

          いつものお寺でお経を唱えた。


          うちの宗派は浄土真宗。

          親鸞が開祖となって、浄土真宗を創設したのは鎌倉時代なんだけど、


          それから絶えることなく
          亡くなった方に念仏を唱えてきた

          私は鎌倉時代の人と同じ行動をしたんだ


          時代は違えど、場所は違えど、


          自分の先祖を尊ぶ気持ちは一緒だったんだって考えると。

          心がころころします。


          以下、お坊さんのお説教から、私が気づいたこと。

          浄土真宗とキリスト教って似てる。

          お坊さんによると、そもそも浄土真宗以外の仏教の宗派は
          現世でなるべく清い行いをして、死後は極楽に行こう 

          というのが共通する理念らしい。

          だけど浄土真宗はちょっと違っていて、

          人間はそもそも「いたづらな」存在だから、清く過ごす事は不可能だ

          という考えが前提として存在いているらしい。

          そして、現世では自分の小ささを認め、
          それに対して謝るような気持ちで過ごすのを理想として説いているそうだ。


          倫理の授業で習った
          浄土真宗は法然という、親鸞の弟子が開祖で鎌倉時代に発祥し、
          基本理念として他力本願のパワーアップ版である絶対他力や
          「自分が悪人だと自覚する人には救いの道はあるんだよ」という悪人正機が
          理念として提唱された

          ということが今日やっと「わかった気がする」。

          確かに善人を心がけていても、「ついやってしまう」のが人間の性。
          そういった人に救済の手を差し伸べる宗教というものは、
          その人に寄り添い、支えとなるんだろうな。

          ユダヤの律法主義を批判する形で誕生したキリスト教にも
          「根本的な所」は同じだ。
          人間が求めている物って、共通しているんだという素朴な実感を得た。






           
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          図書委員の日誌

          2012.03.19 Monday 20:10
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            図書室が大好き。

            日光から遠ざけられた世界が、目の前にひっそりと広がって、

            どれも見つけられるのを待っている。


            彼らをぜんぶを読み切ることはできないってわかってるから、せつなくて。





            読書について。


            私は、今まで「自分が好きな物を読む」という形式をとっていた。
            もちろん趣味として、すこし教養を得られる娯楽としての読書なら、
            それでいいのだろう。

            しかし、今後大学生に(まぁ、その前に受験生に)なるのだから
            「自分でテーマを設定して本を読む」ということが必要になってくる。


            食べ物がやわらかい方が食べやすいように、
            本もわかりやすい方が取ってかかりやすい。

            だけれども、そういった物ばかり食べていては歯も顎も育たない。

            自分の成長に伴って
            読書のレベルもワンランクあげなくては。

            少し「かため」の言葉が出てきたとしても、
            それをきちんと噛みしめられるようにしたい。

            おおまかな読書についての目標はこんな感じ。
            ぶっちゃけた話、
            これまでも好きな作者が読んだ本とか影響を受けた音楽とかを
            辿っていたりはしていた。

            だけれども
            やはり趣味の範疇を超えていなくて
            「自分に合った物をいかに取りだすか」に集中して
            「よくわからん」事には目をつむるという感じだった。

            これからは、自分が嫌いな物にも取り組んでいこうと思う。


            自分が「嫌い」と思う、ということは心理であり、
            自分が「嫌いな物にも取り組もう」と思うことは意志である。

            私は、意志が心理を超えると信じている。
                                 








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            沖縄に行って思った事

            2012.03.12 Monday 21:49
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               沖縄はとても美しかった。
              あの透き通った海を
              自分の心に、常に置いておきたいと思う。

              波のリズムと自分の鼓動を一体化させれば
              きっと心はどこよりも穏やかになるだろう。

              そういった沖縄の南国的な美しさの横に、
              沖縄戦という、唯一の地上戦の傷跡が横たわっている。
              米軍基地の形をとって今も住民を脅かしている、「それ」は
              一筋縄では解決しない問題だ。

              本当の事を言うと、私は沖縄に行って、現地の人の話を聞くまで
              そこまで米軍基地の問題をとりたてて問題視していなかった。
              新聞の隅で定期的に載る「それ」について、

              ネット上の「基地の周りに家を建てる方が悪い」みたいな意見に同調してしまうレベルだった。


              無知だった。
              恥ずかしい。


              今回の旅行で、一番大きな「学び」は
              当事者と部外者とでは、問題意識が全く違うということ。

              そして、冷ややかな批判をする人のほとんどは「部外者」であるということ。
              「部外者」は文字だけ、数字だけを眺めて、知った気になっている人を指す。

              私もそうだった。

              部外者は、その問題について言及すべきではないと思う。

              部外者による ひとことが、
              その無知による虚栄が、

              本当に苦しんでいる人を脅かし、
              真実を知ろうとする人を冷やかすことになるから。



              沖縄戦で米軍に家を焼き払われた後、
              そのまま土地を買い上げられ、毎年土地の返還を求めるも
              聞き入れられない人の話を聞いて、

              飛行場から飛び立つ戦闘機を見て、音を感じて、

              沖縄に住んでいる人の不安の大きさを知った。

              自分の土地が米軍用に「租借」されている人の話で、
              印象的だった言葉がある。


              「沖縄が日本に返還されて、嬉しかったのはなんでだと思います?


               日本の憲法のもとで暮らせるからです」




              戦争と平和なんて、私は普段、考えたりしない。
              だけどこの人たちは常に考えている。考えずにはいられない。
              問題意識の差、というものをすごく感じた。
              私は少し、鈍感になっているのかもしれないな。

              「無知であることがいかに恐ろしいか」ということを知った。



              そして、平和学習について考えた事。



              あらゆる戦争に関する映像や写真を見たり、
              そういった話を聞いて、私は

              髪や目の色に関わらず、人間が苦しんで死ぬのを見たくない

              という素朴な感覚を得た。


              根本的に同じ構造をしている「他人」が、もがき苦しむのを見たくないという感覚は、

              全ての人間に生まれつき備わっている。


              この感覚をきちんと発動させることが、平和学習の意義だろう。














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              沖縄のおすすめスポット

              2012.03.12 Monday 21:02
              0
                 沖縄に修学旅行で行ってきました。

                この時期でもシャツ一枚で過ごせるという、スバラシイ気候。
                でも風が強い場合があるので、

                3月に沖縄へ行く方には

                シャツはしっかりとした生地のもの
                それと着脱可能のカーデガンやパーカーといった服装がおすすめです。



                3月の沖縄は天気が移ろいやすく、
                雨が降ったりやんだりしていました。


                首里城で集合写真を撮る時には
                突然スコールみたいな大雨に見舞われてしまいました
                あれは現像するのだろうか・・・

                折り畳み傘は必須ですねー
                3月の下旬に海開きをするビーチもあるそうですが、
                さすがにまだ上旬の水温は低かったです><

                今の時期は海に足を入れて遊べました
                あと砂浜に文字かいたりね。楽しかった!


                一番沖縄で気に入った場所は古宇利島
                沖縄本島から道路でつながっている島で、
                ドライブにはぴったり!


                この道路を、海と同じくらい真っ青な車で走り抜けるのがステキだと思います。
                夏はうに丼がおいしいんだって〜

                あと直売所でフルーツを売っていて、スターフルーツを食べちゃいました
                爽やかな酸味で、とってもみずみずしい!
                ぜひ食べてくださいね*























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                息をのむ

                2012.03.07 Wednesday 04:42
                0



                  シャッターに入らない

                  真っ白な閃光。


                  その光は見る者を照らし、

                  「今」という空気に触れ、

                  散っていく。


                  出会うべきは、この瞬間だ。



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                  方向性

                  2012.03.06 Tuesday 21:21
                  0
                    今まで自分の進路について、悩んでいました。
                    そして、ついこの間、
                     
                    教育学をやることに決めました。


                    「学校教育」という構造そのもの。生涯を通しての学習。学習に対する認識の変化などを
                    大学で学びたいと思います。

                    また、発達心理学の分野にも興味があるので
                    大学ではそういったコースに進むかもしれません。



                    この方向性の決定の理由。
                    それは今通っている塾の影響。

                    実は、私、塾長の「学び」に対する姿勢に、感動してしまったんです。


                    この感動は言葉で説明できません。

                    しかし、私の人生を絵画にして
                    回廊に飾るとしたら

                    この感動は最も鮮やかで、あたたかく、力強いものになると思います。




                    最近、サンテグジュペリの「人間の土地」を読んでいます。

                    彼の言葉は私の背中を押してくれる、かけがえのない物です。

                    彼と塾長は似ている。


                    彼らには、「本当に、ありがとう」とだけ伝えたい。


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                    ゆきだるま

                    2012.01.09 Monday 15:38
                    0
                      ある朝のことです。

                       ゆきだるまくんは、自分の首もとがずれているのに気付きました。
                      そうです。ゆきだるまくんは首元からとけてはじめているのです。


                      ゆきだるまくんは 消えていく体を見て

                      自分が消滅することを
                      恐れました。

                      また、自分の運命をもうらみました。

                      消えたくない・・・

                      そう何度も願いましたが、そんな思いはどこにも届きません。

                      声の出ないゆきだるまくんは
                      じっと、自分が消えていくのを見とどけなければならないのです。
                      首。頭。口。
                      じわりじわり、こおりが水に変わっていきます。


                      自分の意思と関係のないものに乗っかることは、
                      あまり気持ちの良いものではありません。

                      しかし、ゆきだるまくんの心はなぜか落ち着いていました。



                      太陽が一番高くなる頃

                      ゆきだるまくんは 最後につめたい気持ちを粒子にして
                      空気の中に放出しました。

                      それは、透明で、つめたい、しかし気持ちのこもった息でした。


                      ゆきだるまくんは知っていたのです。
                      自分がとけた後には、あたたかい春がやってくることを。



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